私は天使なんかじゃない








休息





  休息は必要。
  次の働きの為にも必ず休息を。

  暴れるのはその後だ。






  「また来いよっ!」
  「ありがとう」
  私はスマイリーに感謝しつつ辞去した。結局一夜を過ごした。
  たらふく食べたし飲んだ。
  これでピットの街の、ダウンタウン地区のまずそうな……いやいや、やばそうな食べ物を食さずに済む。スマイリーはいつでも遊びに
  来いと言ってたし嘘ではないだろう。ちょくちょく鉄のインゴット集めと称して遊びに行くとしよう。
  嘘じゃない理屈?
  それは簡単。
  スマイリーは食事を作る人を募集しているからだ。
  シーがあそこに居候しているのもそれが理由だしね。要は居候=食事係ってわけだ。スマイリー、美食家らしいです。結局昨晩と今朝の食事は
  私とシーで分担したしね。もちろんそれはそれでいい。安いものだ。
  それでスチールヤードでの安全が確保出来るのならね。
  安いものだ。
  こちらは食事を作るだけ、材料は向う持ち。
  安全な寝床と食べ物、飲み物、それにまともな思考を持つ2人の新しい友達と話せるのだから安い労働力だ。
  それに。
  それにスマイリーが暇潰しに集めてた鉄のインゴットも貰ったしね。
  背中のカゴが一杯になるほどに貰いました。
  正直動き辛いけどさ。
  「今日は静か」
  コツ。コツ。コツ。
  スマイリーの地下シェルターを出て私はダウンタウンに向いつつ、そう呟いた。
  トロッグは見当たらない。
  昨日スマイリーとシーが私を包囲していたトロッグを50以上排除してくれたから打ち止めなのかな?
  まあ、敵がいないなら楽でいい。
  武器をスマイリーは提供しようとしていたけど私は断った。手持ちは32口径ピストルのみ。大型の武器やこれ以上の携帯はレイダーどもに
  ばれる可能性がある。一応私は奴隷の身分。
  可能な限り戦闘は回避したい。
  可能な限りはね。
  もちろん挑まれれば戦ってもいいですけどね。
  大人しい乙女ではないので、私はね。
  ほほほ☆
  「帰るかなぁ」
  ピットの街に。ダウンタウン地区に。
  気乗りはしないけどミディアが全てを握ってる。ピットの解放はとりあえず置いておくとしてもあの女に従う必要はある。
  何故に?
  だって私の武装をおそらくは持ってる。
  もしかしたらまだワーナーから届けられてはいないのかもしれないけど、いずれにしても武器の配達先候補だ。だからこそ従う必要がある。
  そのまま従い続けるのは展開を引っくり返すのか。
  それは武器を取り戻した後だ。
  うん。
  後で考えるとしよう。
  まずは従っておく。この街の情勢がよく分からん以上は様子見だ。
  ……。
  ……まあ、どのような状況であれワーナーにはきっちりとお礼をしますけどね。
  お礼参り上等☆
  さすがにこの場合は合法でしょうよ。
  拉致られて送り込まれた、そして『街を救うのが当然だろ?』的な考えは気に食わない。どこから目線だよ、まったく。
  せめて謙って欲しいものですね。
  そしたら考えんでもなかった。
  今更遅いですけどね。
  ふん。
  遅いわよ、今更頭下げたってね。絶対ぶん殴ってやる。
  最低でも殴ります。
  もちろんそれ以上も可です。
  首を待ってろよー。
  私を敵に回したら怖いんだからね、ワーナー君☆

  『展開っ! 展開せよっ!』

  「ん?」
  声が聞こえてくる。
  複数だ。
  それに雑踏。かなりの人数が近くで何かをしているらしい。
  私は32口径ピストルを構えながら立ち止まる。
  手近な物陰を探して潜んだ。
  「……」
  ザッ。ザッ。ザッ。
  近く付いてくる。
  整然とした靴音が多数近付いてくる。
  物陰からそーっと見る。
  レイダーだ。
  レイダーの軍団だ。
  数にして30名。
  手に手に銃火器が握られている。
  ……。
  ……あっ。指揮官の中にこの間私を殴ってくれた奴がいる。
  レダップだっけ?
  あいつも万死に値する。
  殺っちゃう?
  さてさて。どうしたもんか。
  ミディアの家での殺人がばれたから私を始末に来たのかとも一瞬思うものの、それはないだろう。ミディアがばらすわけないしそんなヘマ
  をするはずがない。彼女には失うものが多過ぎる。わざわざ注意を引く事はしないだろう。
  つまり?
  つまりレイダーの部隊は別件という事になる。
  スマイリー絡みかな。
  彼はピットの街の備蓄庫から頻繁に物資を失敬しているらしいし。
  見た感じではレダップには総指揮権はないらしい。レイダーの一隊は1人のボス、1人の副官、9人の部下で成り立ってると聞いた。つまり
  この軍団は三つの部隊の混成だ。レダップはボスの1人ではあるものの立ち位置から推察すると総指揮権はないらしい。
  レダップは口を開く。

  「トラブルマン、本当にまたワイルドマンが現れたって本当ですかい?」
  「アッシャーはそう言ってた。だが天罰で連中は滅んだ。どうせデマさ。適当に歩いて帰るぞ。それでいいだろ、ビンゴ」
  「ビンゴビンゴビンゴっ!」

  何だあいつら?
  ワイルドマンって何だ?
  よくは分からないけどそいつ、もしくはそいつらを討伐に来た部隊らしいけど……ワイルドマンは眉唾だと思っているらしい。
  天罰で滅んだって事はBOS介入の際に一掃されたってわけだ。
  よくは分からないけど、そういう事なのだろう。
  軍団は私に気付かずに進んでいった。
  「色々と厄介そうな街」
  面倒だなぁ。
  ワイルドマンが何者かは知らないけど、私が手にする特別製32口径ピストルの持ち主を射殺した奴らの事なのかもしれない。つまりワイルド
  マンとかいうのは存在しているのかな。まあそこまで詳しく首を突っ込む事はしませんけどね。
  それにしても思うのは、人間ってつくづく厄介が好きらしい。
  やれやれだ。
  「インゴット持ち帰って休息するかな」
  メガトンにはまだ帰れない。
  だからしばらくは奴隷ライフを送るとしよう。
  歩いて帰る?
  それも思ったけど私の装備一式を取り戻す必要がある。
  それにスマイリー曰くピットとキャピタル・ウェイストランドを繋ぐ道にはラッド・スコルピオンとかいう巨体サソリが大量にいるらしい。
  突破するには弾が足りない。
  食料もね。
  「ダウンタウンに帰ろ」




  「お前筋が良いなっ!」
  「どうも」
  製鉄所。レイダーのボスの1人であり鉄のインゴット回収の責任者であるエベレットの管理室。
  私は彼の机に山積みに積んだ。
  鉄のインゴットをね。
  この街の産業には鉄が必要、しかし鉄そのものを作り出す技術はない。だからスチールヤードに放棄された鉄のインゴットを再利用している。
  回収するのは奴隷。
  武器を与えられないから大抵はトロッグに返り討ちにされるらしい。
  私は久し振りの生還者な模様。
  そして鉄のインゴットを大量に持ち帰ったのも私が久し振り。
  ……。
  ……まあ、鉄のインゴットはスマイリーが暇潰しに拾い集めてたものを譲り受けただけで私が懸命に探したわけではない。もちろんエベレットはその
  過程と理由をまるで知らないから私が探したと思い込んでいるようだ。
  もちろんそれはそれでいい。
  私も真意を説明するつもりはない。
  いずれにしても鉄のインゴットは大量に山積みされている。
  それで充分だ。
  私に課せられた任務は終了。
  「これだけの鉄のインゴットを集めたのはお前が初めてだと思うぜ。よくやったな」
  「そりゃどうも」
  「……んん? お前、そいつは……」
  「……」
  げっ!
  私の腰には32口径ピストルを帯びたままだった。
  そうでした。
  奴隷でしたね、私の身分。
  迂闊だった。銃火器を帯びたまま奴隷を仕切る側の前に出てしまった。
  どうする?
  場合によってはこいつを殺すのもありだ。
  「おい、奴隷」
  「何?」
  「その銃は……」
  「何?」
  「その32口径ピストルはとっとけ。……ただし他の連中の前では使うなよ? 見つかれば射殺されるからな」
  「はっ?」
  エベレットは机の中から何かの箱を取り出して私に握らせた。
  弾薬の入った箱だ。
  「ほら。弾もとっとけ。使い掛けだがまだ半分はあるだろうよ」
  「……いいの? 奴隷に武器持たせて?」
  「工場じゃ鉄が常に不足してるんだ。お前みたいな凄腕野郎は大切なんだよ。……さあ、俺は忙しいんだ。そこの水飲んだら出て行きやがれ」
  ペットボトルを私に投げて寄越す。
  透明な水だ。
  予想外の展開に私は面食らう。
  レイダー=ひゃっはぁ野郎だと認識してたけど……まともな奴はまともなのか。少し意外かも。
  良い奴もいれば悪い奴もいる。
  そういう事なのかな。
  まあ、ピットのレイダーは奴隷王アッシャーに統率される立場だからある程度の良識があるだけかもしれない。ただの荒くれどもなら大人しく統率
  はされないだろう。そういう意味ではこの街のレイダーは軍隊として教育されているらしい。
  「おい、凄腕野郎」
  「野郎って……」
  一応は女の子なんですけどね。
  エベットはニヤリと笑った。
  「また、来い」
  「はっ?」
  「お前の鉄のインゴット回収のお手並みは素晴しいものがあるぜ。だからまた回収して来い。それに見合うだけの報酬はやるぜ。どうだ?」
  「考えとく」
  「ああ。そうしろ。とりあえずは休息しな」